九評共産党    
第三評 共産党中国共産党の暴政を評する

大紀元一連の社説   
( 写真をクリックすると、映像がながす )
    
ダウンロード :     

【紹介】 :  序文
暴政と言えば、中国人は秦の始皇帝による苛政と焚書坑儒を連想するものがある。始皇帝の「天下の資産が尽きるまで政治のために」《漢書・食貨志》という暴虐は、集中的に4つの方面に現れた。「情け容赦のない租税の取り立て、人民の財力を功名心の赴くままに乱用、近隣も連座させる過酷な法律と刑罰、思想統制と焚書坑儒」があげられる。秦が中国を統治した時代、およそ1千万の人口に対して、2百万人の労働者を強制的に徴用した。始皇帝はさらに過酷な法律と刑罰を思想の領域に広げ、はばかることなく思想の自由を束縛し、かつて政治を批判した儒学者を千人あまりも殺害した。

このような「虎狼の秦」と比較しても、共産党の暴虐は勝るとも劣らない。よく知られているように、共産党の哲学は闘争の哲学であり、共産党の統治も、内外の「階級闘争」、「路線闘争」、「思想闘争」で作り上げたものである。毛沢東は「始皇帝など取るに足らない。彼は460人の儒学者を殺し、私達は4万6千人の儒学者を殺した。人は私達を独裁統治だと、始皇帝のようだと罵るが、それも認める。しかしながら、それでは言い足りてはいない。言ってみれば、それどころではないのである」と率直に言った。[1]

共産党統治下の中国の苦難に満ちた55年を少し振り返ってみよう。中国共産党が政権を奪い取った後に、いかにして政府の構造を利用し、階級闘争の理論で階級を絶滅させたのか、また、どのように暴力革命の理論で恐怖の統治を実行したのか。「人を殺し」、「心を殺す」ことで、共産党以外のすべての信仰を弾圧して、自らを美化し、中国で「神をつくる」運動の幕を開けた。共産党の階級闘争と暴力革命の理論によって、反体制の社会階級と異分子を粛清し、それと同時に暴力と欺瞞により、中国人民を専制支配下の従順な民としていった。

一 土地改革 -- 「地主階級消滅」

二 商工業の改造-資産階級の消滅

三  民間宗教組織取締りと宗教弾圧

四 反右派運動 ━全国規模の洗脳で手下にする

五 大躍進-鹿を指して馬と為し、以ってその忠を試す

六 文化大革命-邪霊が取り付き、天地が逆転する

七 改革開放-暴虐は変らず、時とともに進む

八 全国規模の洗脳、地面に丸を書いていたる所を牢とする

結び

ここまで述べてきたところで、共産党が年々の日々闘争を止めないのは一体なぜであろうか。闘争の目的を達成するためならば、殺人も、環境破壊も、中国の大部分の農村及び都市部を長期に渡って貧困にしても、惜しまなかった。

これらは共産党の理想なのだろうか?そうではない。共産党の党是の一つは、私有制度を消滅させることであり、これは私有制度が諸悪の根源だと思っているからである。共産党が政権獲得の時には、私有制度の全面的消滅に励んでいた。しかしながら、改革開放に伴って、私有制度がまた中国に戻ってきた。今や憲法も私有財産の保護を規定している。共産党の目くらましから離れられれば、人は誰でも、55年来、共産党の統治は財産再分配の人間活劇を演出したに過ぎず、巡りめぐって、最終的には人の財産を己の私有財産にしたに過ぎない。元々、共産党は自分たちを「労働階級の先鋒」とし、その使命は資産階級を消滅することだとしたが、今や共産党の規則では、資本家が入党できると明言している。逆に、共産党員でも共産党と共産主義を信ずる人がいなくなり、今や共産党に実質的に残っているものは、上辺だけとなっている。

こうした長期に渡る政治闘争は、党の廉潔さを保つためなのだろうか?そうではない。共産党が政権を握ってから55年になるが、今の共産党幹部は、汚職・腐敗・不法行為・国を誤り、民を害し、上から下まで甚だしいことこの上ない。中国には2千万人の共産党官僚がいるが、近年の調査では、そのうちの8百万人が汚職・腐敗で処罰を受けていることが判明した。更に毎年100万人近くの人が、まだ知られていない汚職官僚を上訴している。2004年の1月から9月の期間において、中国国家外貨管理局が全国35の銀行及び41の企業に対して調査したところ、違反契約金額が1億2千ドルにも及ぶ集計結果となった。他の統計によれば、近年4千名以上の共産党幹部が、外国へ現金を持ち逃げしたことによる国の直接損失が、数百億ドルにも及んだ。

それではこういう政治闘争は、国民の素質と認識を上げ、国家の大事に関心を持ってもらうためなのだろうか?そうではない。共産党の教育を受けた中国では物質的欲望が横行し、人心は昔と違い、騙し合いは随所に見られる。多くの国民が重大なことに対しても、知らず言わず、知っていても言わず、本当のことを言わないことが、中国で生存するための術ともなっている。これと時を同じくして、民族主義的な情緒がぽっかり明いた隙間に入り込み、簡単に煽動される。政府の意向で、国民がアメリカ大使館に行って石を投げたり、星条旗を燃やしたりする。共産党に欲しいのは「順応型国民」と「暴動型国民」の両方であっても、決して人権というものが、保障される国民ではないのである。文化修養は素質を高める根本であり、中国建国以来数千年、孔孟の道は人々に礼儀綱紀を設けさせた。「之を棄てるが如きは、則ち人皆主無く、是定まる所を知らざるに非ず、進退守る所を知らず…是大乱の道なり」。[10]

共産党が唱える「闘争の哲学」の目的は大乱を作り出し、動乱を絶やさず、一党独裁の教主の地位を樹立するためにある。一つの党の思想で全国民を統治し、政府・軍隊・新聞・テレビ局は、全て共産党の行う暴政の道具となっている。共産党が中国にもたらした災厄は、すでに手の施しようがなく、今はもはやそれ自身の滅亡の危機に直面している。

共産政権解体後、天下大乱になると考える人もいる。共産党の代わりに誰が中国を支配するかと心配する。中国五千年の歴史の長河の中で、共産党の55年の統治は一瞬の出来事に過ぎない。僅か55年でも、伝統的信仰と価値観は徹底的に壊され、古来の倫理道徳と社会体系が解体した。人々の思いやり・協調は、闘争やそれがもたらす恨みへ転化した。天地自然への畏敬は、思い上がった「人が天に勝つ」へと変わった。これらの社会道徳及び生態環境の全面崩壊で、中華民族は深刻な危機に陥った。

中国の歴史を見ると、賢明な政治家はいずれも「民を愛する」、「民を豊かにする」、「民を教育する」ことを政府の基本としている。人間は誰しも善の心を持っており、政府にはそれを引き出す義務があるとも言える。孟子曰く「民の道と為すは、恒産あれば恒心あり、恒産なければ恒心なし」[11]であり、裕福にしようともせず、国民に教えることは現実的でなく、民を愛することもなく、罪のない人の命を奪うのは暴虐である。

中国五千年の歴史の中、仁政を行った政治家は少なくない。古代には、尭舜、周朝の文帝・武帝、唐の太宗、清の康煕、乾隆帝など、これらの皇帝は皆「王道を行い」、「中庸を保ち」、「平衡を求める」という模範である。仁政の特点は、有能な人が採用され、言論の自由を与え、睦みあうことを説き、民は、礼儀・法律を遵守し、安らかに暮らし楽しく働く。天下の趨勢を観るに、興亡は個人の定めるところではなく、盛衰はいわれのあることである。共産党なき日には、人の心に祥和がもたらされ、誠実・善良・謙遜・寛大となり、国は豊かさに満ち、真の栄光を取り戻すことであろう。