動画 画像 音声 記事     
         
サブメニュー
      物語
      映画
物語  >  物語
引用サイト:大紀元
https://www.epochtimes.jp/jp/2009/11/html/d93205.html
高智晟著『神とともに戦う』(11)半握りの煎り大豆
私は、母が私を生み育ててくれた所へと戻って来た。この洞窟、我が家、そして山道、目にするものすべてが私を追憶へといざなう。私の脳裏は、母の姿かたち、声、面影と笑顔で満たされる。

 私が生まれた洞窟を、母は数年前人にあげたので、今では他人が住んでいる。私たち兄弟姉妹はここで生まれた。そしてまさにここで、母は私たち兄弟姉妹を育て上げたのである。洞窟内のオンドルは、4人で寝る分には比較的ゆったりしているが、5人だときつい。父が存命中、ここに9人で寝た。物心ついてから、私は4番目の弟と父の3人で、1枚の布団で寝ていた。これは、父が亡くなる前に病院へ運ばれるまでずっと続いた。1枚の布団を独り占めする幸せは、我が家の誰ひとりとして味わうことはなかった。

 毎晩床に就くころ、みんながきちんと寝られるようにと、知恵を絞る両親を覚えている。そのことを、後に母は冗談交じりにこう言った。「毎晩、お前たちが何とか寝られるようにと、全身汗びっしょりになったんだよ」。母は、このように寝る前でさえも、全身汗だくになる苦しい状況のもと、我々を育て、一人また一人と社会へ送り出したのであった。

 私の生まれた洞窟の外には、外の世界へ通じる1本の小道がある。中学の3年間、母は毎日変わることなく、この通学路の小道で私が学校へ行くのを見届け、夜も決まってそこで私の帰りを待っていた。厳寒の冬も酷暑の夏も、そしてどれほどの悪天候であったとしても。

 ある晩学校から戻ると、母はいつも通り小道で待っていた。山道を駆け下りる私の足音を聞くと、母は決まって私の幼名を叫ぶ。あの日も例外ではなかった。でも普段なら、母は私の返事を聞いた途端、急ぎ帰って熱々のご飯を準備してくれる。けれど、その日は少し様子が変だった。母はいつものように先には帰らず、私が来るのをずっと待っていた。しかも、私が来ても母は動かなかった。並々ならぬ雰囲気を感じた私は、「母さん」と叫んだ。母は、私のほほをなでるとこう言った。「潤彗(高弁護士の幼名)、あのね、もう我が家にはひと粒の米すらないの。今日、下の子をつれて、親戚に借りに行ったんだけど、ダメだったわ。今晩、お前たちに食べさせてやれない。でも、明日は何とかするから。今晩は早く寝なさい」。そして、私の手を引き我が家へと戻った。

 その晩、私はひそかにずっと泣いていた。枕がビショビショになるほどに。これは、空腹のためではない。父が早くに逝ってから、私たちは母の苦労を幼くして分かっていた。この大勢の我が子に食べさせてやれない、母の辛さはいかほどだろう。しかもこれらの子どもは、一晩明けた後も生きて行かねばならない。食べ物をどう工面するのか。その夜、母が一睡もしなかったのを私は知っている。

 翌日、まだ夜も明けぬころ、母はいつも通り、私を学校に行かせるため起こした。母は私を送る道すがら、私の手を引き、半握りの煎り大豆を手のひらにおいてくれた。 母の手から受け取った煎り大豆は少し湿っていた。その温度から、母はずいぶん長いこと、この煎り大豆を手に握り締めていたのが分かった。外はまだ暗いから、母の顔は見えなかった。でも私の目からは、糸の切れた数珠のごとく、涙がこぼれおちた。同じく腹をすかせている弟や妹に食べさせてほしいと、私は頑なにその半分を押し返した。でも、母は首を縦に振らない。私は一歩も動かず、声を上げて泣きながら決して譲らなかった。一方の母は終始泣きもせず、頑として私を学校へ向かう路へ押し出した。

 その日、夜もふけて村に戻ると、母は小道でいつものように私の名前を呼んだ後、急いで洞窟に戻った。それを見て、命をつなぐ食料が借りられたのだと私には分かった。

 28年の歳月が過ぎても、このシーンはぼやけることなく、鮮明な記憶として残っている。

 2006年1月26日、母の洞窟にて。

 (続く)
関連文章
      高智晟著『神とともに戦う』(1)「筆が重い。祖国中国の闇が徐々に明かされるから」
      高智晟著『神とともに戦う』(2)「いつになったら腹一杯食えるのか」
      高智晟著『神とともに戦う』(3) 「暗く果てしない道」
      高智晟著『神とともに戦う』(4)
      高智晟著『神とともに戦う』(5)「天は自ら助くる者を助く」
      高智晟著『神とともに戦う』(6)
      高智晟著『神とともに戦う』(7)新年
      高智晟著『神とともに戦う』(8)
      高智晟著『神とともに戦う』(9)
      高智晟著『神とともに戦う』(10)古びた銅のヒシャク
      高智晟著『神とともに戦う』(11)半握りの煎り大豆
      高智晟著『神とともに戦う』(12)我が平民の母 1
      高智晟著『神とともに戦う』(13) 我が平民の母 2
      高智晟著『神とともに戦う』(14) 我が平民の母 3
      高智晟著『神とともに戦う』(15) 我が平民の母(4)
      高智晟著『神とともに戦う』(16) 我が平民の母(5)
      高智晟著『神とともに戦う』(17) 我が平民の母(6)
      高智晟著『神とともに戦う』(18) 我が平民の母(7)
      高智晟著『神とともに戦う』(19)夫人が見た高智晟(1)
      高智晟著『神とともに戦う』(20)夫人が見た高智晟(2)
      高智晟著『神とともに戦う』(21) 夫人が見た高智晟(3)
      高智晟著『神とともに戦う』(22)夫人が見た高智晟(4)
      高智晟著『神とともに戦う』(23)どの案件もはらむ制度問題
      高智晟著『神とともに戦う』(24)どの案件もはらむ制度問題(2)
      高智晟著『神とともに戦う』(25)中国の弁護士の悲哀
      高智晟著『神とともに戦う』(26)中国の弁護士の悲哀②
      高智晟著『神とともに戦う』(27) 孤独な者の孤独な夜
      高智晟著『神とともに戦う』(28) 孤独な者の孤独な夜②
      高智晟著『神とともに戦う』(29) 孤独な者の孤独な夜③
      高智晟著『神とともに戦う』(30) 孤独な者の孤独な夜④
      高智晟著『神とともに戦う』(31) 孤独な者の孤独な夜⑤
      高智晟著『神とともに戦う』(32)孤独な者の孤独な夜⑥
      高智晟著『神とともに戦う』(33) 孤独な者の孤独な夜⑦
      高智晟著『神とともに戦う』(34) 弁護士の使命(1)
      高智晟著『神とともに戦う』(35)弁護士の使命(2)
      高智晟著『神とともに戦う』(36)弁護士の使命(3)
      高智晟著『神とともに戦う』(37)弁護士の使命(4)
      高智晟著『神とともに戦う』(38)弁護士の使命(5)
      高智晟著『神とともに戦う』(39)弁護士の使命(6)
      高智晟著『神とともに戦う』(40)弁護士の使命(7)
      高智晟著『神とともに戦う』(41)弁護士の使命(8)
      高智晟著『神とともに戦う』(42)弁護士の使命(9)
      高智晟著『神とともに戦う』(43)司法部の野蛮行為に対する反論①
      高智晟著『神とともに戦う』(44) 司法部の野蛮行為に対する反論②
      高智晟著『神とともに戦う』(45)司法部の野蛮行為に対する反論③
      高智晟著『神とともに戦う』(46) 障害児の無念を晴らすために①
      高智晟著『神とともに戦う』(47) 障害児の無念を晴らすために②
      高智晟著『神とともに戦う』(48) 障害児の無念を晴らすために③
      高智晟著『神とともに戦う』(49)障害児の無念を晴らすために④
      高智晟著『神とともに戦う』(50) 障害児の無念を晴らすために⑤
      高智晟著『神とともに戦う』(51) 道義が私を突き動かした①
      高智晟著『神とともに戦う』(52) 道義が私を突き動かした②
      高智晟著『神とともに戦う』(53) 道義が私を突き動かした③
      高智晟著『神とともに戦う』(54) “黄じいさん”の暴力的立ち退きから1年①
      高智晟著『神とともに戦う』(55) “黄じいさん”の暴力的立ち退きから1年②
      高智晟著『神とともに戦う』(56) “黄じいさん”の暴力的立ち退きから1年③
      高智晟著『神とともに戦う』(57)“黄じいさん”の暴力的立ち退きから1年④
      高智晟著『神とともに戦う』(58) “黄じいさん”の暴力的立ち退きから1年⑤
      高智晟著『神とともに戦う』(59)“黄じいさん”の暴力的立ち退きから1年⑥
      高智晟著『神とともに戦う』(60) 2>163(2は163より大きい)
      高智晟著『神とともに戦う』(61) 2>163(2は163より大きい)②
      高智晟著『神とともに戦う』(62) 2>163(2は163より大きい)③