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| 第四評 共産党は宇宙に反する |
大紀元一連の社説 |
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【紹介】 : 序文
中国人は「道(どう)」を極めて重んじる民族である。古代、暴虐な帝王は「非道で愚かな君主」と呼ばれ、人が何事かをなすとき、世の人々の認める「道徳」基準に合わない場合は「道理に合わない」と言われた。更には、農民の造反でさえ、「天に代わって正義の「道」を行う」というスローガンが掲げられた。老子曰く、「物あり混成し、天地に先だちて生ず。寂(せき)たり寥(りょう)たり、独立して改めず、周行して殆(とど)まらず。もって天下の母となすべし。われその名を知らず。強いてこれに字(あざな)して道という。(天地が生ずる以前に、すでにあるものが存在した。そのものは、混沌として形容しがたく、感覚で捉えることはできない。他に依存せぬ独立の存在で、そのはたらきは時間空間を超越して止むことがない。これが天地の母である。このものは、限定できないから、名づけられない。強いて名づけて「道」とよぶ)」。<『中国の思想6 老子・列子』徳間書店より>すなわち、天地は「道」から生まれたということである。
しかし、この百年来、共産党の亡霊が大きな音を轟かせて侵入してきたことにより、自然に背き、人間性に背く力が形成され、無数の苦痛と悲劇が生み出され、人類の文明は絶滅の瀬戸際にまで追いやられてしまった。その「道」に反する諸々の暴行は、自ずと天地にも反するものであり、従って、それは宇宙の法則にも反する極悪な勢力となった。
「人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る」[1]というように中国人は古来、天と人は一つであり、人と天地は融合し、互いに依存し合って生存すると信じ、それを守ってきた。天の道は不変であり、その循環には法則がある。地は天の時に従って、四季がはっきりと分かれ、人は天地を尊びて、恩に感謝し、福を惜しむ。いわゆる「天の時、地の利、人の和」[2]である。中国人の概念の中では、天文、地理、暦法、医学、文学、そして社会構造に至るまで、すべてこの理念に貫かれているのである。
しかし、共産党は、「人は必ず天に打ち勝つ」と宣揚し、「闘争哲学」を持ち、天地自然を見下してきた。毛沢東曰く、「天と戦いてその楽しみは尽きず、地と戦いてその楽しみは尽きず、人と戦いてその楽しみは尽きぬ」。共産党はその中から本当の楽しみを得たかもしれないが、人民はそのために痛ましい代価を支払った。
一 人間と戦い、人間性を消滅させる
(一)善悪が入れ替わり、人間性が消滅させられる
(二)相生相克を超える邪悪
二 地と戦い、自然の法則に背けば、その禍は尽きない
(一) 階級闘争が自然界にまで及んだ
(二)自然界を破壊し、自業自得となる
三 三 天と戦い、信仰を迫害し、神に対する人々の信仰を否定する
(一)有限の生命が如何にして無限の時空を認識するのか
(二)中共は人類の正しい信念を破壊する
結び
共産主義の実践は、世界中ですでに完全に失敗した。世界で最後の共産大国のリーダー・江沢民は、2002年3月、ワシントンポストの記者に次のように公言した。「私は若いころ、共産主義がすぐにやってくると信じていたが、しかし、今はそうは思っていない」[18]。現在本当に共産主義を信じる人はもうほとんどいない。
共産主義運動の失敗は必然的なものである。宇宙の法則に背き、天に逆らうということは、宇宙に反する勢力である。そのため、天意と神の懲罰を受けるのも当然である。
中国共産党は何度もその姿を変え、何度も命綱を掴んで危機を乗り越えてきたが、その最後の結末は火を見るよりも明らかである。中共はその綺麗な上着を一枚一枚脱ぎ捨て、赤裸々に貪婪、凶悪、無恥、無頼、そして反宇宙の本姓を暴露しつつあるが、依然として、人々の思想を束縛し、人類の道徳倫理を扼殺し続けている。それは、人類の道徳文明と平和的発展にとって、依然として脅威的な災いである。
茫々たる宇宙は、逆らう術のない天意を備えている。それは、言い換えれば、神の意思であり、自然の法則であり、大自然の力である。人類は天意を敬い、自然の法則に随い、宇宙の規律を尊重し、天下の生霊を思いやってはじめて、自らの未来がありうるのである。
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